4-1.福地,福智,福知

福地 フクチ

和名抄,甲斐國巨摩郡に福地郷を収む,高山寺本に布久知と訓ず。
國史に『駿河風土記に富士の字・一に福地に作る。蓋し山足延いて,桂川涯を限るの地なり。 按ずるに鳥澤邊左右の村落是なり。上鳥澤驛の南に一孤丘あり,上に小祠を置く,福地権現と稱す。 蓋し郷中鎮守の神祠なるべし。隣村縄上の小松明神文永癸■年十二月十五日の棟札に 「都留郡福地郷縄の上村」とあり』と。中世福地庄と稱す。
又信濃國伊那郡にも福智郷ありて,布久知と訓じ, その他,大和に福地庄,また駿河に福地社,陸前,筑前等に此の地名存す。

  1. 福地みやつこ 百済族にして,天平寶字五年紀に「百済人伊志麻呂に姓福地造と賜ふ」と見ゆ。
  2. かばねの福智氏 福地造の後なるべし。
  3. 山城の福地氏 山城國住人福地信盛の後と云ふ。
  4. 桓武平氏 伊賀國発祥ならん。柘植つげ 弥兵衛宗清の弟宗俊の後也と云ふ。
    江戸系図には「柘植弥兵衛尉宗清の子を福地の祖」と載せたり。
    勢州四家記に「伊賀の國の住人福地・信長公の幕下に参る」と。瀧川條参照。
  5. 和邇部わにべ 駿河國の豪族にして,駿河郡福知天神(富知神社)と縁故あるか。
    浅間富士系図に「大宮司義孝−義勝(富士六郎)−義邦(福地十郎)−義古(福地三郎)」と見ゆ。
    富士,不知,福士等皆同姓也,各條参照。
  6. 清和源氏武田氏族 甲斐國都留郡福地郷より起る。家紋丸に三條,霞菱。
    寛政系譜に「福知市左衛門信定(百五十俵,教順)−助三郎信氏」等見ゆ。
  7. 信濃の福地氏 伊那郡福智郷より起る。承久記巻四に「信濃の國の住人福地の十郎俊政」見ゆ。
  8. 奥州の福地氏 葛西家臣にて,葛西記に福地下總守見ゆ。陸前國桃生郡福地邑より起りしか。
  9. 肥前の福地氏 肥陽軍記,天文三年に「龍造寺家臣福地氏」, 筑後軍記略に「天文廿年,肥前國士福地主計允等,龍造寺隆信に通ず」と。
  10. 雑載 その他,東作志に普請奉行福地彌右衛門を載せ,また伯太渡邊藩重臣に福知氏あり。
    又京極殿給帳に「五十石,小人頭・福地兵助」を載せ,水戸藩志士福知政次郎廣延(砲術家)は 佐藤重遠の次男,福知家を嗣ぐ。その男勝右衛門道遠と共に難に死す。
    又京都の書家に福智白瑛,その他,美濃,摂津,備前,武蔵等に在り。
    又福地源一郎(櫻痴居士)は福知苟庵の末子,父はもと長府藩士,長崎に移りて くすしとなり, 福地嘉昌の嗣となりて,源一郎(八十吉)を生む。 幕臣となり,海外に遊び,明治に入りても功多く,又盛に文筆を振へり。

福智 フクチ

前條に併せ云へり。

福知 フクチ

同上。
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