3.苗字の分布

以下の分布地図は,添野正明氏の『苗字分布の研究』 というサイトに依頼して作成したものです。
平成11年の電話帳のデータが基になっています。

なぜ,このような分布になっているのか?

勝手な推理をしてみました。根拠はあまりありません。

榛原はいばら町の福地城遺跡あたりか, または柳生の里に近い地域に大和の福地庄ではないかと思われる場所がある。
福地造の姓をいただいた百済人の伊志麻呂は,ここにいたのではないだろうか。 同じ日に姓をいただいた百済人は, 百済公,中山,楊津,清篠,丘上,松井,石野,坂原,清湍,春野,浄野,御池, 長沼,高代,水雄,清田,清海,小川,中野,豊田,の姓である。 こうした姓を調べていくと,何かわかるかもしれない。
榛原から名張を経て,上柘植の福地氏とは縁があったと考えても不自然ではない。 榛原から遠くないところに,都祁という地名があることからもつながりが感じられる。
明智光秀は横山城を福智山城と改名している。 丹波にはすでに福地氏がいたと思われ,なんらかのつながりを感じる。
丹波犬飼城の福地氏は佐野家に何かの縁があり,関東に移動したようだ。 富士氏にも佐野氏族があり,私自身の祖先が佐野屋を名乗っていたこともあって, 佐野と福地の縁というものを感じる。
伊賀の上柘植の福地氏は,本能寺の変で伊賀にいられなくなり, 徳川家康の伊賀越えの縁で駿河に移ったのではなかろうか。 その後水戸藩に仕えたことも考えられる。
一方,甲斐の福地は千葉氏などに仕えて,千葉氏の赴任地である東北に移動したり, 元寇の折に九州に移動したりしたのではなかろうか。


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